子育てイライラでヒステリーな私のストレスが爆発!悩み奮闘記

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絶望 人

お腹の中に命を宿し、

母になる喜びと育てていけるのかの不安が交錯して、

何とも言えない気持ちだったのは私だけではないはずです。

結婚式を成功させる雑誌を食い入るように見てようやく一息ついたと思ったら授かって、

今度は育児本を読み漁り出産に備えました。

ところがそんなに順風満帆にいかないのが子育てです。

社宅での生活に馴染めなかったイライラ

子育てストレスでヒステリー

たぶん、わたしは集団生活を簡単に受け入れられると簡単思っていたのでしょう。

当時同じ敷地内に4棟建っていた社宅に住むことに決めたのはもちろん家賃が安いから。

ある程度貯金が貯まったらすぐ出ていくつもりでした。

新婚家庭に与えられたその棟は4階建て。

2階に部屋が空いたので晴れて夫婦となり、そして子育てをスタートさせました。

3階の音が聞こえるという事は、階下にも音が聞こえるということ、

子どもがいても騒音に気を使う日々でした。

同じような年の子は他の家庭に6人いて、お互いの家を行き来したり、

情報交換したりしていました。

最初のうちは熱が初めて出たときとか、いつごろまでに寝返りしたらいいとか

参考にすることがあって助かっていたのですが、

そのうちその関係も煩わしくなっていきました。

自分の子どもを他の子と比べてため息、子育てノイローゼ

最初の子供だったので、かなり育児本とにらめっこしながら

大体これくらいの時期にできてることと、我が子を見比べて

そして社宅のお友達と見比べて、そしてため息の毎日でした。

裏手にある公園から賑やかな声が聞こえたら行かなくてはならないし、

誰かが駐車場にプールを出していれば許可を得て水着を着せて出なければいけない。

「~しよう!」

から

「~しなきゃいけない!」

という感情に変わっていったのは1歳半を過ぎたあたりでした。

一人二人と周りの子に兄弟ができ始めて、

私の子どもは友達の家に遊びにいっても

賑やかな人の家から静かな自分の家に帰りたがらなくなりました。

かなり長居してご迷惑をかけたお宅もありました。

家に帰るときはみんなが「超音波」と呼ぶ

耳をつんざくような高い声を張り上げて、本当に引きずって連れ帰ったものでした。

そんなことの繰り返しでもう疲れ果てていました。

我が子にかわいいという感情もわきませんでした。

ぷつんっ、何かが切れてしまいました。

その日おもちゃを片付けないわが子とにらみ合いを続けていました。

次の瞬間箱一杯に入ったブロックを床にぶちまけ、

本棚にしまっていた絵本すべてを投げ散らかし、

我が子の洋服すべてを放り投げ、もう部屋中めちゃくちゃになりました。

我が子はビビッてわんわん泣くし、だんなさんは訳が分からずあたふたするし、

わたしは手に触れたものすべてを手当たり次第に投げちらかす、

もうそれはカオス。

頼りにする人もおらず相談する相手もおらず、

一人で必死に子育てをしてきたのもあるかもしれません。

懸命に良い母親を演じてきたからかもしれません。

本当に苦しかった。

2歳離して兄妹を作ろうと思ったのになかなかできず

自分が取り残されたように感じたからかもしれません。

やっと社宅から解放され、新居に移り住んでようやく穏やかな生活が送れるようになりました。

かなり神経質に子育てをしていたせいもあるかもしれませんが、

他人の子が難なくできていることを我が子ができていないことがとても不満でした。

ところが、健診で我が子が極度の遠視だという事がわかりました。

「超音波」の原因が目が見えないストレスのせいだったと分かり、

初めて我が子を守ろう、助けてあげようという感情がわいてきました。

何度かひきつけを起こし入院した事もあって、

母親である私がわが子のストレスになってはいけないととても反省しました。

他人の子供と同じように聞き分けのいいお利口さんを

訳もなく求めていた自分をただひたすら後悔しました。

子育ては子供の数だけパターンがあって、似通ってても全く一緒なんてないんですよね。

今3人の子育てをしていて、その経験を生かして

相談しに来た方には深刻にならないよう軽妙に受け答えをするようにしています。

子どもにとって頼れるのはお母さん、あなたしかいないんですもんね。

ただひたすらぎゅっと握りしめて、ただひたすら泣いて助けを求める人が

今まであなたの周りにいましたか?

いまはただただ子供たちがそれぞれの夢に向かって羽ばたいている姿を

間近で応援できていることにとてつもない幸せを感じています。

あの失敗があったからこそです。

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